『標本』

 

 イカの体の表面に様々な紋様が現れては変化していく。彼らはあの紋様を再現してくれるのだろうか。しかし、それでも私たちはそれを永遠に留めておくことは出来ない。

 

 私は、今回の作品で強く“無常”を意識した。

筆ではパネルの表面に触れず、画材を水等に溶かしたものをそこに流す。それに、この世を構成する “五大”(地・水・火・風・空)が作用していく。表面はそれに身を委ねる。その時、私は完璧な瞬間に出会う。水面がきらめき、ゆらめいて、時にゆっくりと流れてゆくさまは、最高に美しい。そして、そこに私は常に変化し続ける宇宙の一部を垣間見ることができる。

 私は、海の中で流れる様に体の色や形を変化させていくイカを思う。そこには、きっと無常の宇宙の一部が存在している。

 しかしこのパネルの表面が、時が経ち乾燥して地面から垂直に立てられた時は、私が見た完璧な、ある意味私にとって完成された物では無くなっているのである。

 イカを海で捕まえてきて、標本にしても決して私が見た無常の美しさを保つことは出来ないのと同じである様に。パネルの上を色が、光が、泳いでいたその時が、私にとって完成された作品であった。

 

私が思う真の美しさとは、無常の宇宙の一部のことである。

そこで大切にしたい事と言えば、その流動的な美に出会った時、逃さずに感じることだ。

 

 

 

平成二十七年九月二十六日 秋彼岸

 

増田孝祐